ぐり茶の杉山では、抹茶の老舗・宇治の 綾鷹(にごりのペットボトル)でも話題の「上林春松本店」のお薄茶を取り扱っています。
上林家と抹茶の歴史
十三世紀の初頭、栂尾高山寺(現・京都市右京区)の僧明恵高弁によって開かれた宇治の茶園。その歴史を支えてきたのが、恵まれた自然条件、茶にかける茶師たちの情熱、そして将軍家の支援でした。
上林家は、十四世紀後半、足利三代将軍義満公が宇治七茗園と呼ばれる茶園を開き、宇治茶の名声を天下に広めた頃から将軍家の手厚い庇護を受け、有力茶師である「御茶師」として栄えました。 しかし十六世紀後半、織田信長との戦により室町幕府は滅亡。将軍家と深く関わっていた宇治茶業界も、大きなダメージを受けます。
その後、お茶を好み茶道を民衆に広めた豊臣秀吉が宇治の復興に力を注いだことによって、宇治茶業界も新たな時代に突入。豊太閤の期待に応えるため努力を続けた初代上林春松軒は、宇治橋の西一丁(現在の宇治・上林記念館)に居を構えます。
そして徳川の世、茶道はますます盛んになり、将軍家康は上林家に宇治代官、茶頭取を任命。上林家は、宇治茶の総支配を仰せつかわるまでに至るのです。
碾茶と抹茶
碾茶とは、抹茶の原料になる茶葉のこと。4月の初め、茶樹に新芽が萌えだすころ、葭簀と稲藁で茶園一面を覆い、日々強くなる陽射しと遅霜から新芽を守ります。こうして育った柔らかい新芽を摘み取り、蒸気で蒸した後、乾燥させたものが碾茶の荒茶です。玉露や煎茶のように揉み上げる工程がないのが、碾茶の特長です。碾茶から茎の部分や葉脈を取り除き、葉肉の部分だけに精製したものを仕立茶(葉茶)といい、これを石臼で細かく挽くと抹茶ができあがります。 その昔、茶家では宇治から葉茶を取り寄せ、必要な量だけ石臼で挽いて抹茶にしたものでしたが、今日では工場で挽きあげたものをお届けするのが一般的になっています。
碾茶の名は、「碾」と呼ばれる木製の薬研(やげん) で茶葉を挽いたことに由来します。栄西禅師が、 我 が国に抹茶法を伝えたころは、碾を用いていたといわれています。 石臼が使われるようになったのは、今から千年ほど前、北宋の時代の中国において。我が国へは、その約二百年後の鎌倉中期に、京都五山の高僧たちが伝えたといわれています。
お抹茶 小松の白 内容量:40g(御薄茶 こまつのしろ)
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お抹茶 好の白 40g (御薄茶 このみのしろ)
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